あおのりん!

おのりんです。なにとぞよしなに。

意志のない私たちは断言で揺らぐ

こんにちは、私です。

 

今の職場に不満はありませんが、転職を人生で一度もしないのももったいないなあという気持ちになってきました。もったいないとは?将来は不確定なのにやらないと損みたいな感情がわいてくるのはどうも違和感がありますね。期待値はプラスとは限りません。

 

こんなふうに将来のことを考えていると、たまに不思議な人に出会います。わたしはその手の人のことを「自我がある人」と勝手に呼んでいます。どんな人でしょうか、説明します。

 

人は大抵の場合、嘘をつかないようにします。また、確実でないことは推定、推測の言葉を使って語ります。

来週はたぶん晴れ。これ買ったらきっと便利。あなたにもきっと気に入ってもらえると思うから。

この「曖昧化」をしない人がいます。その人こそ、自我のある人です。

このプランに沿って学習すると成績が向上します。この治療法によって症状が安定します。このシステムを導入すると15%のコストダウンになります。あなたがコミュニケーションに不安を持つ原因はこれです。

自我のある人の多くは、きっと自分の言葉がどれだけ武器になるのかを知っています。なぜでしょう。

 

私たちは普段、意志を持たず生きています。この場合の意志は一般に用いられる「意志」ではないですが、比喩だと受け入れてください。自我という言葉は使いたくなかったのです。とにかく私たちは平時には意志を持ちません。

将来のことも、遠くのことも、目の前の相手のこともわからず、曖昧に生きています。ぼんやりした世界の中で何かを決めようにも、土台がありません。デカルトを持ち出しても自分の存在を認めるのがせいぜいですし、存在を知っても性質はわかりません。

そんな人生の中で、自我のある人が声をあげてくれます。

「ここに正解があります」

これは救いです。責任を他者に持たせることができる。明確な言葉を与えてくれる他者に出会ったとき、そこに悪意を感じなければ、人は言葉を信じます。人間のデフォルトは信頼です。自我のない私たちは、強い言葉を信頼して行動します。

 

意識的かどうかは別として。人間のデフォルト値に気付いた人は、強い言葉の威力を知ります。

はきはきと、滑舌よく、胸を張って、曖昧を切り捨てた言葉を使います。しかし内容の確実性は変わりません。変わるのは印象、反応だけです。

 

さて、ここであなたがどちら側かわかります。

「確かに同じ内容を話すなら、相手を動かせる方がよい。人を動かす表現を磨こう」

「表現だけで相手を動かすのは不誠実だ。精緻に表現する能力を磨こう」

どちらでしたか?これは選択肢です。

RPGの最初に盾・剣・杖のどれを選ぶのかと同様の問いです。

 

先の二択からなるスキルツリーは一方を伸ばすと他方の取得コストが大きくなります。

しかしあなたがどちらも選んだことがないのなら、どちらかだけでも今取得しないともったいないです。

 

ちなみに私は今日まで、どちらも選べずに生きています。私には意志がないので。